元グラビアアイドルの田口あわさんについて、「白鳥あわや膣ギロチンとは同一人物なのか」「サイゼで喜ぶ妻とは誰なのか」と気になっている人も多いと思います。
先に結論をお伝えすると、田口あわさん、白鳥あわさん、俳号の膣ギロチンは、すべて同じ人物です。
また、2022年にSNSで話題になった「サイゼで喜ぶ妻」の写真に写っていた本人でもあることを、生前のインタビューで明かしていました。
田口あわさんのプロフィールや経歴、元R.I.P所属時代から俳人、歌舞伎町のバーテンダーとして活動するまでの歩みをたどります。
- 田口あわさんのプロフィールや活動経歴
- 白鳥あわ・膣ギロチンとの名義の関係
- サイゼで喜ぶ妻と田口あわさんのつながり
- グラビア・俳句・バーテンダーとしての活動内容
田口あわは何者?プロフィール
田口あわさんは、グラビアアイドル、俳人、バーテンダーという複数の顔を持っていた人物です。
グラビアでは「田口あわ」と「白鳥あわ」、俳句や歌舞伎町での活動では「膣ギロチン」という名義を使用していました。
活動する場所によって名前を使い分けていたため、それぞれが別人だと思っていた人も少なくなかったようです。
1998年生まれで三重県津市出身?
田口あわさんのプロフィールは、次の通りです。
- 活動名 田口あわ
- 改名後の活動名 白鳥あわ
- 俳号 膣ギロチン
- 生年月日 1998年5月12日
- 年齢 28歳
- 出身地 三重県
- 血液型 A型
- 身長 151センチ
- 職業 グラビアアイドル、俳人、バーテンダー
- 元所属事務所 R.I.P
- 趣味や特技 俳句、麻雀、プロレス観戦など
WEBザテレビジョンのプロフィールでは、1998年5月12日生まれ、三重県出身、血液型はA型と紹介されています。
一部の記事では「三重県津市出身」とされていますが、WEBザテレビジョンや日刊スポーツなどの主要媒体が伝えているのは三重県出身までです。津市まで公表した当時の公式プロフィールは、2026年9月16日時点では確認できませんでした。
なお、「田口あわ」「白鳥あわ」「膣ギロチン」はいずれも活動名です。本名については、本人や所属事務所から詳しい発表は出ていません。
28歳で亡くなったと東京砂漠が報告
田口あわさんの訃報は、勤務先だった歌舞伎町のBAR「東京砂漠」が2026年9月15日に発表しました。
東京砂漠の公式Xでは、親族から亡くなったとの連絡を受けたことや、葬儀が親族のみの家族葬として行われることが伝えられています。
日刊スポーツの報道によると、田口あわさんが亡くなったのは2026年9月9日で、28歳でした。
田口あわさんが以前所属していた「なかよしパラダイス」も追悼コメントを発表しています。同事務所の説明では、2026年2月まで白鳥あわ名義で所属していたとのことです。
突然の訃報を受け、グラビア時代のファンだけでなく、俳句仲間や東京砂漠の関係者からも追悼の声が寄せられました。
白鳥あわ・膣ギロチンとの関係
田口あわさん、白鳥あわさん、膣ギロチンは別人ではありません。
グラビア活動の状況や所属事務所からの退所をきっかけに、使用する名前が変化していました。
「サイゼで喜ぶ妻」は芸名ではなく、元夫がSNSへ投稿した写真から広まった呼び方です。
3つの名義はすべて同一人物
それぞれの名義には、次のような違いがあります。
田口あわは、芸能事務所R.I.Pに所属していた時期に使用していたグラビアアイドルとしての芸名です。
白鳥あわは、R.I.Pを退所した後、フリーランスでグラビア活動を続けるために使用した名前でした。
膣ギロチンは、俳句を詠む際の俳号であると同時に、歌舞伎町のBAR「東京砂漠」でバーテンダーとして働く際の名前でもあります。
日刊SPA!の本人インタビューでは、田口あわさん自身が、退所後は白鳥あわとしてグラビア活動を行い、膣ギロチン名義でバーテンダーをしていると説明していました。
グラビアデビューから約3か月後には、すでに膣ギロチン名義でバーテンダーの仕事を始めていたそうです。当初は田口あわとは別人という設定でSNSを更新し、所属事務所にも伝えていなかったと語っています。
その後、複数の名義が同一人物だと知られるようになり、Xの表示名も「膣ギロチン(白鳥あわ)」へ変更されました。
サイゼで喜ぶ妻は誰?田口あわ本人
「サイゼで喜ぶ妻」と呼ばれた女性も、田口あわさん本人です。
2022年2月、当時の夫がサイゼリヤで食事を楽しむ妻の写真をXへ投稿しました。顔の一部が隠された写真でしたが、笑顔で食事をする姿が広く拡散されています。
この写真が投稿された時点では、田口あわさんはまだグラビアアイドルとして本格的にデビューする前でした。
その後も写真の女性が誰なのかは知られていませんでしたが、2024年に元夫が離婚届に関する投稿を同じ投稿欄へ追加したことで、再び話題になります。
田口あわさんは日刊SPA!の取材で、自分が「サイゼで喜ぶ妻」の本人であると認めました。2021年に結婚し、元夫の転勤に伴って東京へ移ったことが、グラビアの仕事を始めるきっかけになったとも語っています。
したがって、人物関係は次の通りです。
田口あわはR.I.P所属時代のグラビア名義、白鳥あわは退所後の名義、膣ギロチンは俳号とバーテンダー名、「サイゼで喜ぶ妻」はSNSで付いた呼び方となります。
田口あわの経歴と俳人活動
田口あわさんは、グラビアだけでなく、俳句にも継続的に取り組んでいました。
インパクトのある俳号が注目されがちですが、句会への参加や同人誌への作品掲載など、本格的な創作活動を行っています。
歌舞伎町のバー勤務も、俳句仲間や訪れた人との交流につながっていました。
元R.I.P所属でグラビアデビュー
田口あわさんは、2022年に芸能事務所R.I.Pへ所属し、グラビアアイドルとしてデビューしました。
子どもの頃に見ていた『志村けんのバカ殿様』の腰元役に憧れ、グラビアの仕事に興味を持ったと過去のインタビューで語っています。
主なグラビア活動は次の通りです。
- 2022年に田口あわ名義でデビュー
- 2023年にファーストDVD『あわあわしちゃう?』を発売
- 2023年にセカンドDVD『あわわわわ』を発売
- 撮影会やDVD発売イベントに出演
- 『週刊GIRLS-PEDIA049 田口あわ』を刊行
- ミスEXMAX2024オーディションに参加
ORICON NEWSには、『あわあわしちゃう?』と『あわわわわ』の2作品が掲載されています。
KADOKAWAから配信された『週刊GIRLS-PEDIA049 田口あわ』では、「Jカップ俳句グラドル」と紹介されました。俳句という特技を前面に出した点が、田口あわさんならではの活動だったといえます。
2024年3月の離婚後はR.I.Pを退所し、白鳥あわへ改名しました。フリーランスとしてグラビア活動を続けた後、なかよしパラダイスにも所属していた時期があります。
俳人とBAR東京砂漠での活動
田口あわさんは「膣ギロチン」という俳号を使用し、歌舞伎町を中心に活動する俛句集団「屍派」の句会に参加していました。
りぼん句会の公式Xによると、2018年頃に俳人の北大路翼さんに憧れ、三重県から歌舞伎町を訪れたそうです。当時、BAR砂の城で開かれていた屍派の句会へ飛び入り参加しました。
俳句ユニット「ねじまわし」が2023年に発行した同人誌第6号にも、膣ギロチン名義で作品を寄せています。毎週のように句会へ参加していたとも報じられており、俳句は単なるプロフィール上の特技ではありませんでした。
角川俳句賞については、受賞したという意味ではありません。cokiの報道では、角川俳句賞を受賞し、俳句とグラビアを組み合わせた写真集を出版することを目標として語っていたと紹介されています。
歌舞伎町のBAR「東京砂漠」では、膣ギロチン名義のバーテンダーとして勤務していました。俳人、グラビアアイドル、バーテンダーという活動は別々に見えますが、いずれも自身の個性や表現を生かした仕事だったのでしょう。
田口あわのSNSと現在
田口あわさんは、XやInstagramを通じてグラビア、俳句、バー勤務などの情報を発信していました。
当初は名義ごとに人物像を分けていましたが、2024年以降は田口あわ、白鳥あわ、膣ギロチンが同一人物であることを公表しています。
訃報後はSNSの公開状況も変わっているため、過去の記事に掲載された情報と現在の表示が一致しない場合があります。
Xは3つの名義をつないだアカウント
田口あわさんが使用していたXのアカウントは「@taguchiawa」です。
R.I.P所属時代は田口あわ名義で使用され、退所後は「膣ギロチン(白鳥あわ)」と表示されていました。プロフィールにも、グラビア芸名が白鳥あわであることや、俳句グラドルとして活動していることが記載されています。
日刊スポーツは、2026年9月16日時点で白鳥あわ名義のXが非公開になっていると報じました。
同じアカウントを引き継いだことも、田口あわ、白鳥あわ、膣ギロチンが同一人物であることを示す情報の一つです。
Instagramや出演記録も残っている
Instagramでも「taguchiawa」の名前を使用し、撮影会やDVD、グラビア活動に関する写真を投稿していました。
過去の芸能記事やイベント告知には、田口あわさんのInstagramとXが公式SNSとして掲載されています。ただし、訃報後の更新や公開範囲について、家族や関係者から新たな案内は出ていません。
田口あわさんは、R.I.P所属時代のグラビアアイドル名義です。退所後は白鳥あわへ改名し、膣ギロチンの俳号では俳句と歌舞伎町のバーテンダー活動を続けました。
さらに「サイゼで喜ぶ妻」としても知られていましたが、これは別人や別のタレントではなく、SNS投稿をきっかけに広まった呼び方です。
複数の名前は、それぞれグラビア、俳句、歌舞伎町、SNSという活動の場を表していました。田口あわさんは、肩書や名義を行き来しながら、自分らしい表現を続けた人物だったといえます。
要点まとめ
- 田口あわさんは元グラビアアイドルで俳人やバーテンダーとしても活動していた
- 1998年5月12日生まれで三重県出身と公表されている
- 田口あわはRIP所属時代に使用していたグラビア名義
- 白鳥あわはRIP退所後に使用したグラビア名義
- 膣ギロチンは俳句の俳号とバーテンダー名
- 田口あわと白鳥あわと膣ギロチンは同一人物
- サイゼで喜ぶ妻として話題になった女性も田口あわさん本人
- 2022年にグラビアアイドルとしてデビューした
- 屍派の句会に参加して本格的に俳句へ取り組んでいた
- 角川俳句賞の受賞と俳句グラビア写真集の出版を目標にしていた
- 歌舞伎町のBAR東京砂漠でバーテンダーを務めていた
- 2026年9月9日に28歳で亡くなったことが報告された
